赤瓦屋根 赤い瓦と白い漆喰が美しい沖縄の赤瓦屋根は、 古くから強い台風や塩害からウチナンチュ(沖縄の人)の生活を 守ってきました。

沖縄では晴れていても突然 雨が降り、すぐにまた晴れるというスコールがあります。

そんな時、赤瓦は雨を吸水し晴れた時に蒸発させて気化熱によって沖縄の家を涼しく快適にしていたのです

そんな赤瓦の吸水性を活かしたのがこの「赤瓦コースター」です。

新垣瓦工場でのある日の飲み会、アイス ピッチャーから垂れる水滴でテーブルが濡れていたので、 近くにあった赤瓦を敷くと赤瓦が水滴をぐんぐん 吸い取りました。

「これを小さく薄くすればコースタ ーに最適だ」と作ったのが赤瓦コースターです。

赤瓦コースターは発売から10年で累計100万枚の売上を記録し、現在の生活スタイルにあった形、色へと進化してきました。

最近ではアロマストーン、アロマプレートなどアロマの香りを拡散させるアロマディフューザーとしても注目を集めています。 吸水力 【吸水力】
冷たい飲み物のグラスの表面から垂れる水分をぐんぐん吸い取り、 テーブルや大事な書類を濡らすことはありません。

【速乾力】
たっぷり吸い取った水滴もあっという間に乾燥。

【使いやすさ】
デザインが彫られているため通気性がありコップを持ち上げてもコースターがくっつくことはありません。

【優しさ】
底麺には小さなゴムがついているのでテーブルを傷つけることはありません。 裏面ゴム
【取扱い】
熱い飲み物にも使用可能です。洗剤や漂白剤で洗っても大丈夫です。

※もしもカビがついてしまったときは、紙やすりでカビ部分を赤瓦コースターの表面ごと削り落とすか、裏面のゴムを外してレンジのオーブンモード(200度60分)で焼いて からタワシなどで洗うとカビが落としやすくなります。 赤瓦コースターメンテナンス



※古くなった赤瓦コースターが交換できるキャンペーンもご活用下さい。
赤瓦コースター交換キャンペーン



沖縄で2番目に小さな町が
赤瓦の産地になった3つの理由

与那原町
新垣瓦工場がある与那原町は沖縄で2番目に小さな町。
そんな小さな町が赤瓦の産地となったのは3つの条件が重なったからでした。
船や荷馬車などの輸送手段が発達してくると与那原が港町として機能します。
やがて、やんばる(沖縄県北部)から木を切り、ヤンバル船という船で与那原の港まで運び、それを木工所で加工、首里(今の那覇市)まで荷馬車で運ぶというルートが定着してきます。
また、瓦の材料に適した良い土 が与那原でとれたこともあり、瓦生産に大事な土と、土を窯で燃やす為の木の端材と、焼き上げた重い瓦を運ぶ荷馬車という輸送手段が揃った与那原が赤瓦の産地となりました。
当時沖縄を統治していた琉球王朝の「火を扱う瓦生産は火事の心配からできるだけ首里から離れた水が豊富で輸送に便利な場所へ移そう」という考えとも一致し、首里を中心に生産されていた瓦が、小さな港町、与那原で作られるようになったのです。
ちなみに、その名残りで与那原には今も赤瓦工場、木材加工所、当 時作業員に振舞われた与那原そば(沖縄そば)が有名です。



沖縄の瓦はなぜ赤いのか?
なぜ漆喰(しっくい)が塗られているのか?


―瓦は黒ではじまり赤になった―
西暦1100年〜1400年頃、沖縄に日本本土と朝鮮半島それぞれのルートから黒瓦が伝わり生産が始まります。
黒瓦は色は灰色に近く、空気を入れずに焼く還元焼成で焼きます。焼成温度も高く、焼き締まって吸水率が低い為、雪が降っても膨張しない丈夫な瓦ですが、作るのは難しく手間もコストもかかります。
逆に、褐色に近い赤瓦は空気を入れながら焼く酸化焼成で焼きます。焼成温度は低く、吸水率が高いのが特徴で比較的簡単に焼けてコストも安く済みます。
同じ土でも焼き方次第で色が変わるというのが大きなポイントで、還元焼成で黒瓦を作るつもりが、うまく還元できずに黒と赤のグラデーションカラーの瓦ができたり、 火元から遠いと酸化焼成になって赤瓦になることもあったようです。
そして1700年〜1800年頃になると赤瓦が主流になります。
ある日突然黒瓦から赤瓦になったのではなく、長い年月をかけて黒瓦が多い時代から赤瓦が多い時代へと変化していったのです。

―瓦の下にあった漆喰が―
1700年〜1800年頃の地層から瓦の表面に漆喰が付いているものが発見されていることから、その頃からもともと木造屋根に瓦を貼り付ける為に使われていた接着剤としての漆喰が現在の沖縄の瓦屋根のように瓦と瓦の間に盛るような形で塗られるようになったようです。
漆喰を瓦の上から塗るようになった理由は諸説ありますが、瓦の上からも漆喰を塗って台風により強くする為という説やデザイン的に美しく見せようとした説などが考えられています。

1100年から現代までの沖縄の屋根を見ると、黒瓦だけだった時代があり、黒瓦中心に少し赤瓦が混ざったまだら模様の時代になり、赤瓦中心に少し黒瓦が混ざったまだら模様に上からも白い漆喰を塗る屋根がでてきた時代があり、 そして現代のような赤瓦に上から白い漆喰を塗るという風に変化していったのです。


瓦から見る沖縄の歴史。興味のある方はこちらがおすすめです。
島瓦の考古学― 琉球と瓦の物語 ― (新典社選書39)
石井 龍太著

新赤瓦コースターLACE 赤瓦コースター丸型
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